ありあまる日々

 

 

 

 

 

 

リボンを結ぶ

プレゼントみたいな日々だった。

そして過ぎた今、リボンをほどいて過ぎた日々を開ける

今頃と思っても

今にしかわからない中身

 

ありあまる日々の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

2016.7.9

 

  

 

 

 

 

 


世界のどこかに

 

 

どこにも行きたいと思わない

あなたがいないので

でも世界のどこかにいてくれるのなら

そこに行くわ

世界のどこかにいてくれるのなら

そこに行くけど

 

世界のどこかいにいてくれるのなら

そこで幸せにいてほしい

世界のどこかにいてほしい

いつかそこにいくから

どこなのか教えてほしい

 

 

 

 

  2016.7.25


一年無事に過ごせました。あけましておめでとうございます。

伊能忠敬なムービー

 

 

新年あけましておめでとうございます。

 

こないだNHKか何かの番組でやってたんですけどね

古館伊知郎さんがでてて。

お祝い事は先に過去形にするそうな。

予祝と言って、あらかじめ祝うことで実際に良いことが起きるという考え方というのがあって。

もう過去形にしたらそうならざるを得ないという。

一年無事に過ごせました、おめでとうございます。という意味らしい。

 

トイレの張り紙の、「いつも綺麗に使っていただいてありがとうございます」みたいな

解りやすいたとえです。

 

2017年はどうでしたか。私はあっというまでした。

色んな悔しいことがありました。

悔しくて辛くて、自分の存在価値などほんととるにたらないものです。

そう気付かせてもらえてありがとうといいましょう。

そしてもっと勉強しなければなりません。もっと知らなければ。

と思いつつものんびりしてます。

 

相変わらずいつも悲しいです。なんでといわれたらそれはもう

こんな所まで来たのに、またどこかへ行かなければならないのか、と思うからです。

何も考えない方法、何かに夢中になること、そんな方法も覚えましたけど。

だけど毎回思うけれど、悲しいことが不幸だというつもりで言っているわけではないです。

その番組でも言ってました

幸せは仕合せで、巡り合わせです。巡り合わせが悪かった巡り合わせが良かったとかいう

意味だそうな

 

2017年で良かったなと思うことは、いろいろチャレンジできたことかなぁ

あとはゆるく楽しい日々でした。

そして新年ですが、変わらないゆるい毎日です。

このなんかゆるい、退屈なメンドクサイような、でもこんな日々が続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 


素知らぬ顔

 

 

 

子供の頃からアホみたいにセンチメンタルだった

何も知らないのに切ない夜があった。

 

それはきっと今日の私を思っていたのかしら

 

何も知らないのに悲しかった。

何を知ってるというんだ

何も知らない子供だったくせに

何を知っているフリをしていたんだろう

ずっとずっと

 

ただ言えるのは、

誰とも噛み合ない日々で

サイズの合わない靴を履いてるみたいだった

幼いながらそれが分っていて、冷めていた

もっとあたふたすればよかったのかもしれないけれど

合わない靴はそのまま履いてそしらぬ顔するのが私の誇りだった、

ような気がする。

 

辛いことがあっても素知らぬ顔していれば

勝てると思っていた

強くはなれないけど、知らん顔ならできる

そう思っていた私に、

あんたすごいねえと

言ってあげたい。

 

 

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

朝霧は、気付かず前髪をぬらし

泣いたみたいになった。

山の向こうからの朝日の存在は

霧に隠れながらいつもより存在を大きくする。

細かな粒子は誰だろう

誰が私に、誰の思いが私にはりついたんだろう

誰の思いに私は気付いたんだろう

遠い遠い時代から変わらない思い。

 

 

 

 

 

 

 


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